「誰が」言ったかより「何を」言ったか
感覚値でものを申してしまって、大変恐縮なのですが......
一つの発言に対し、「何を」言っているのかという内容よりも、著名人や権威のある人の発言の、「誰が」言ったかを重視する人、一定数いますよね。
発言内容は同じなんですけど、ちょっと気になったのでメモ代わりに。
偉い人が言ったんだから正しいじゃないか!という感じ
これは、ぼくも陥りやすいのですが、「尊敬している人の話」を鵜呑みにし易いのってどうなのかなって思うんです。
たとえば、全く見知らぬ人や、身近な友人が、
「リンゴは赤いんだよなあ。」
と言ったところで、ほぼ10割の人が「当たり前じゃん」って思います。しかしながら、著名な方や権威のある方が同じ発言をすると、
「やはり、あの人は本質を見抜いた発言をしているな。」
と、妙に深いことを知ったかのように振る舞う人が、あなたの周りにも一定数いませんか?あくまで、感覚値なので厳密にどれくらいの人数が居るとかは、わかりません。
「何を」言ってるのかだけを気にかければ良いんじゃないの
でも、結局のところ「誰が」そう言ったとかいうのは、「言葉の責任」みたいなところでは重要かもしれませんが、議論というか会話のキャッチボールをする上ではそんなに重要じゃない気がします。
だから何って話なんですけど、「誰が」言ってたかをやたらと気にしすぎてしまうと、発言するのも辛くなるし、それを聞くのも圧迫感を感じて面倒臭いだけなんじゃないかなと思いました。
特に「誰が」を気にかけてばかりいると、考える事を忘れちゃうんじゃないですか。その言葉の根源的な意味とかスルーしちゃったり。「何を」って視点で言葉を受け取ってみると、自然と「それってどういう意味なんだろう?」って考えるようになるし、結果的にコミュニケーションが深まる気がします。
結局、「だから何なの?」「何を言っている?」みたいなところから、面倒ですけど慎重に話を聞かないと、変な方向に流されちゃって「自分の考え」を見失ってしまいますよ。ということが言いたいのでした。